ピレリP7 雑感

ピレリP7。 といえば1964年生まれの私にとってはとても感慨深いものがあります。
まず衝撃を受けたのが、当時あのスーパーカーブームの最中の事でした..
有名な漫画家の先生が家(タイヤ屋)にふらりと立ち寄って下さったのです。
初めて目の前にする純白のポルシェ930ターボ。 その足元には.. (1976年頃だったと思います。)

P7。1970年〜1980年代の超扁平タイヤの代名詞でもあり、発売から凄いタイヤであったと思います。
確か1974年のパリ・サロンでグリーンメタリックに塗られたポルシェ911(930) カレラターボ。
プロトタイプのこの車には新開発の幅広のピレリP7を履くために大きく張り出した前後のオーバーフェンダー..
<幅広のピレリP7を履くために!ここが重要です。>

そこには空気が入っていない様な薄〜いペッタンコのタイヤ.. 50タイヤであったと思います。
(当時はまだ70扁平のタイヤが最高といわれた時代です。)
スーパーカー世代の私には強烈な印象でした。
(その他、ランチア・ストラトス.アリタリアのレース仕様車、ランボルギーニ・カウンタック LP5000S QV 等に付いていました。)

あともう一つ.. ご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、
ピレリP7の伝説といえば、G.光永氏のデトマソ・パンテーラ。
1981年11月 谷田部テストコース最高速テストにて、ついにその車は時速300kmの壁を破り 307.69kmを記録
(ドライバーは高橋国光氏) その時装着していたタイヤがピレリP7であったことを憶えています。
もう昔の話ですが.. 

私はいつかこれを履いてみようと念願の免許を取り、親父の下でせっせと仕事をして2年後にはついに
念願のピレリP7..やっと買うことが出来ました。
もちろん当時としてはグリップレベルも非常に高く、しかも滑り出しが穏やかで素晴しいコントロール性に驚きました。 二十歳の頃でしたが、いや〜、感激でした。(涙)

これはカウンタック用リアタイヤ P ZEROシステム アシンメトリコ 345/35ZR-15になります。

キングオブキング。 ピレリのP7はその後40年を経てどのように変貌したのでしょうか。
現在に至ってはピレリの超高性能タイヤはP-ZEROシリーズにバトンタッチ。
いつも間にかP7は消えてしまったのですが、2001年にP7の名が復活、コンフォート性にも考慮した製品に変わり、その後2010年今回発表された<P7 チントゥラート>という、プラス環境にも配慮したものに変貌を遂げたのです。

何と言っても一つのブランドを40年に渡り生産し続けているというのも素晴しいですが、
ひとつのタイヤをその時代に合わせて改良、そして提供し続けているというピレリの姿勢には驚くばかりです。

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